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闘病記その2; 急性期から手術、その後の経過

夫の闘病記、その2です。

文体が途中から変わっているのは、私自身、精神的にも肉体的にも疲弊しており
余裕をもって記すことができなかったから。
今、思い出すと自分でもよくやったと思います。

12/5 
点滴でのどは渇かないものの、口の中が乾くらしく
夫はしきりと口をすすぎたがります。
そんな夫に「小さな氷ならOK」と
主治医から許可がでました。
事故後、初めて口からの摂取です。
小さな氷のかけらをこわごわ口にいれると
しばらく口の中でころがして、満足した様子です。

12/10 
氷以外でも、シャーベット程度なら少量OKとのこと。
病院の売店も近所の店も
この時期はクリーム系のアイスばかりで
シャーベット状のアイスがなかなかみつかりません。
やっとみつけたのが「ゆずシャーベット」
ティースプーンに少しだけすくって口にはこぶと「うまい」と満足げ。
この日は私の誕生日だったので、「ゆずシャーベット」で
ささやかなお祝い。

12/11 
この日から。ベット上でのリハビリが開始
筋骨隆々だった夫の手足は、長い床上生活で
本当に細くなってしまいました。
ただ腹筋だけは結構キープされています。
気管切開の刺激で、たびたび痰がつまり咳き込むので
皮肉なことに腹筋だけは鍛えられているようです。

12/12 
ベッドの端に座る練習。
筋力だけでなく、心臓も弱ってしまったのでしょう。5分でダウン。 
しばらくは「しんどい」を連発。

12/13 
たった1日のことですが、起き上がるときの身のこなしが
少しかろやかなり、この日は15分程度
座っていることができました。

12/14 
昨日張り切りすぎたのか、この日はお疲れ気味
午前中に10分ほど起きただけとのこと。

夫の栄養は、腕からの点滴とEDチューブからの栄養剤
(エレンタール )のみでまかなっています。
以前はIVHが入っていましたが、血栓がみつかったので
10日ほど前に抜去されました。
栄養課の医師の計算では、夫の1日のカロリー消費量は
2900Calただ寝ているだけですが、体が大きく
微熱も続いているのでけっこう消費するのだとか)
それに対し、入っているカロリーは末梢点滴と
エレンタールでは2500Calが限度とのこと。
単純計算でも400Cal/日の不足です。
IVHの再挿入も検討されましたが 感染リスクや
挿入時の気胸などのリスクも考え
しばらくはこのままで様子をみるとのこと。
事故前、76キロあった夫の体重は、この日69キロに。
一回り小さくなった感じです。

それから、今後の治療方針がおおよそ決まりました。
年明けを目処に、開腹手術で胆嚢、
総胆管結石および上腹部にできてしまった
巨大仮性膵のう胞をとる方向とのこと。
家族としては、直視下での手術が安心ですが
本人への負担を考えると、とても辛いです。
また、胆摘や総胆管結石除去は術式も
確立されていますが
のう胞は、周囲への癒着が酷かった場合採れない
可能性もあります。
夫も「お腹切るのはいやだ~~」と出ない声で
抵抗しております。(そりゃ そーよね。)
夫は、挿管がとても難しい気道をしているとのことで
(外見はまったく普通のナイスガイですが。。。)
手術後安定するまでは気管切開の穴は閉じないとのこと。
夫にとっては、まだまだ辛い日がつづきます。
ただ、来週は様子をみてスピーチカニューレに
つけかえ発音はできるようにされるとのことでした。

今季は、クリスマスもお正月も夫は病院。
例年なら、うきうきしながらクリスマスディナーや
部屋の飾りつけプレゼントやお節料理の
準備をはじめるころですが
夫不在の年末年始では、モチベーションゼロ。
夫婦で楽しんでいた、ワインやシャンパンも
おそらく一生口にすることはないと
思うとなんともさびしい。

12/15 
夕方、いつものように仕事場から夫のもとに直行。
すると先生が、今日AF(心房細動)がまたでました。
脈も180まで上がっちゃって・・とうかない顔
「いまごろどーして???」(ICUから病棟に移ったときも
出たのですがその後はなかったのです。)
AF自体は生命に直結するものではないものの
やはり心臓は怖い。いいしれぬ不安がまた襲ってきます。
脱水傾向」が影響しているのか?とのことで
輸液の量を少し増やすことに。


12/16 
心房細動は薬でおさまったものの、脈は100台をキープ。
夫は事故前、貧血の指標となるヘモグロビンが17もあったが現在は10
短期間で、本人にとってはかなりの貧血になったので
血液を回すのにかなり心臓に
負担がかかっているのではないかと思います。
主治医に相談したところ
詳しい貧血の検査をしてくれるとのこと
ただ、鉄剤の投与(注射)は、肝臓に負担をかけるので
投与は慎重にしたいそうです。

またこの日CTをとりました。 
結果胸水がうまく抜けていないことが判明
胸腔ドレーンのチューブの位置を
呼吸器外科の医師が変えてくれましたが
反応はもう一つ。  どうも詰まってしまっているようです。
様子をみて、再挿入になるかも。。。
胸水のせいか、夫は歯磨きをしただけで
SOP2(サチレーション)が
70まででおちてしまいます。
日々何かしら問題がおこり
心の休まる日がなかなかありません。


12/17 
結局、胸腔ドレーンが再挿入されることになりました。
背部に水が溜まっているとのことで
今度のドレーンは背中にさすことに
ドレーンを入れたとたん、多量の排液が・・ 
結局1時間ほどで500ccほどでました。
夫も「息がしやすくなった」とのこと。
ただ、局所麻酔が切れたあとは
けっこう傷が痛むようで辛そうです。
慣れたら大丈夫なのだろうと思いますが
背中に入っているので仰向けだと
どうしても傷を抑えてしまいます。
「早く退院したい。」悲しげな力のない笑顔で
夫が私の顔をみつめます。
早く退院したいよね」と返すのが精一杯。


12/18 
今日は家族にとっては特別な日です。
長女が17年前、1歳1ヶ月の短い命を終えた日です。
心臓の病でした。
例年なら、家族で西本願寺までお参りにいくのですが
今年はそれもかないません。
夫と二人、病室で静かに手を合わせます。

12/19 
3日ほど前から、リハビリで立つ練習をしています。
久しぶりに見た夫の立ち姿。随分とやせてしまいました。
膵炎だけなら、安静度も口からの食事も進んでいくのでしょうが
夫の場合、胆嚢と総胆管に石を持ったままなので
運動や食事の刺激で石が動いてしまう恐れがあるとのこと。
それで、あまり動かすことも、口からの食事も
手術終了まではおあずけだそうです。
エレンタールで空腹感はないものの
24時間鼻からのどに感じるチューブの違和感
体を動かせば気管切開のカニュレが
気道を刺激して激しく咳き込みます。
夫の辛さを思うと、いたたまれません。

そんな夫のストレス解消に少しでもなればと思い
今日は、ゆず入り足湯にしてみました。
部屋中にひろがるゆずの香り
少しはリフレッシュになったでしょうか

 12/21 
この日、尿道に入れていたバルンカテーテルが抜けました。
1ヶ月以上留置していたので
そろそろ入れ替えの時期だったそうですが
夫がそこそこ動けるようになったので
今後は自尿で排尿することに。
長期間、カテーテルのお世話になっていたので
尿意を感じるか心配しましたが
けっこうあっさり普通に排尿できました。
長い間デリケートな部分に管が入っていたので
さぞすっきりしたことだろうと思いきや
夫いわく「別にたいしてかわらない」とのこと
ふーん そんなものなのか。


 12/22 
この日、心臓のエコーをとりました。
幸い心臓そのものには問題ないものの
以前IVHが入っていたところに
線状の血栓が今も残っていることが判明。
心臓に近い部分なので
血栓が飛んで肺塞栓を起こしてしまう可能性もあります。
いつまでたっても気がぬけません。
血栓対策として、明日から皮下注射が開始されます。

 12/24 
気切部のカニュレが変わりました。
指で穴をふさぐと、声をだすとこができます。
1ヶ月半ぶりに聴く夫の声。
聞きなれた声のはずなのに
なんだかドキドキしてしまいます。
すこしかすれてはいますが、
低くて、暖かい、夫の声です。

 12/25 
夫の声がでるようになったことは
子供たちには内緒にしていました。
今日はクリスマス
ちょっとしたサプライズということで
病室から子供たちに夫から電話をかけました。
案の定、子供たちは大騒ぎ。
2週間前まで手伝いにきていた九州の母にも電話
電話先で母に号泣され、夫ももらい泣き。

この日、医師から年明けの手術に関して話がありました。
最初の話では年明け早々ということでしたが
他手術のスケジュールがいっぱいで
1月末になる可能性が大とのこと。
このまま、経口摂取もできないまま
1ヶ月もまたされるのは あまりにも酷です。
筋力の低下も益々進み術後の合併症も懸念されます。
どうせまたされるのであれば
まずは経皮的もしくは内視鏡的に仮性
膵膿胞のドレナージをして膿胞が小さくなったところで
腹腔鏡で胆嚢と総胆管の石がとれないかと相談したところ
医師からはあっさり「無理です」といわれました。
生きるか死ぬかの状況から命を拾っていただいたのは
いくら感謝してもしきれません。
でも家族のエゴたとわかっていても
助かった以上、1日も早い社会復帰を望んでしまいます。
      

 12/26 
右腕に入れていた点滴の部分が腫れて
痛みがでてきました。
10日以上使用していたので、もう限界だったのでしょう。
左腕に刺しかえました。
この日、夫の上司がお見舞いにきてくれました。
「病気療養に専念して」との暖かいお言葉でしたが
なにせ、このご時勢、長期療養後仕事があるのか?夫は不安なようです。
でも夫は精一杯の笑顔で上司と会話していました。
   

 12/27 
昨日点滴を抜いたあと静脈炎がひどくなっていて
赤く熱をもっています。
すこし触れただけで「痛い」と顔をゆがめる夫。
冷湿布とステロイドの軟膏で様子をみることになりましたが
幹部がかなり固くなっているのが気になります。
蜂窩織炎などおこさなければいいのですが・・・
基礎体力が弱っているので
どんな変化も大きな心配につながります。

ベッサイドに立つ練習をしました。
未だ胸腔ドレーンから持続吸引をしているので
これが抜けるまでは、車椅子移動もむずかしいのです。
5分ほど立って、その場で足踏み
ただ、これだけで夫は相当疲れたようです。
     
仕事となれば、通勤だけでもかなりの体力を必要とします。
復職ができる体になれるのだろうか
不安がよぎります。

この日は日曜で、子供たちも一緒に病室ですごしました。
病室」という我が家にとっては不本意な環境ではありますが
家族5人がそろって、たわいもない会話をしてすごす時間は
至福の時です。
一時期のことを思えば、奇跡の時間です。

 12/28 
本日CT実施。結果は特にかわりなしとのこと。
ただ移動の際、初めて車椅子を使ったそうです。
胸腔の持続ドレーンや点滴でちょっとしたデコ車椅子
デコレーション車椅子)状態だったとか。

今までポータブルで撮影していた胸部のレントゲンも
立位で普通に撮れたということで
看護師さんのほうが、少し興奮気味でした。
 
 12/30 
今日から年末の休みにはいったので
いつもよりは長い時間夫に付き添えます。
全身清拭、足浴、足裏マッサージなど
「ここちよい」と感じてもらえそうなことは
思いつく限りやっています。
ICUで意識がない頃に比べれば
夫にできることがあるというのは本当に嬉しいです。

 12/31 
今年も終わり。まさかこんな形で年越しを
迎えるとは思っていませんでした。
子供らも今日は昼からきて、夫とともにすごします。
「紅白」を最後までみる予定でしたが
夫がお疲れの様子なので、9時には退出することに。
子供らも「お父さんのいないと大晦日やお正月の実感が全然ない」とのこと
来年の大晦日は、いつものような年越しを迎えたいです。

 1/1  
夫から子供らにお年玉贈呈。
子供らいわく「やっと少しお正月がきた気がする」と
現金なやつらです。

 1/3  
夫の排泄が、ポータブルトイレに昇格。
オムツや便器よりは普通のトイレに近づいてきましたが
夫としてはそれでも苦痛のようです。
2~3歩で、室内のトイレにいけるのですが
胸腔ドレーンでの持続吸引が続いているので
その2~3歩が難しいのです。

 1/4 
いきなり進展がありました。
胸腔ドレーンが抜けて気切の穴もとじることになりました。
当初はオペ後落ち着くまでは入れておく方針でしたが
呼吸器外科の医師が「こんなものいつまでいれておいても
本人のストレスが溜まるだけ。
必要になれば空気の通り道のプロである僕が
どうとでも対応しますよ」とあっさり抜去となりました。
外科と内科の感覚の違いは大きいですね~。
 
心配癖がついてしまった私としては
ほんとに抜いちゃって大丈夫なの?と不安もありますが
夫は随分身軽になって、すっきりした顔してました。
そして一言
長かったな~」
まだ開腹手術という大仕事がありますが
小さな山をまたひとつ越えた感じです。


 1/5 
胸腔ドレーンとが抜けたことで
シャワー浴が可能になりました。
実に2月ぶりのシャワーです。
当たり前ですが「気持ちよかった!」とのこと
また、以前より活動量が増えたせいか
夫は空腹感を訴えるようになりました。
はやく食べさせてあげたいです。


1/7 
今日はCT検査
結果はほぼ変わりなし。ドレーンを抜いたあとも
胸水の貯留は認められないとのこと。
ただ、以前IVHが入っていた左鎖骨下静脈の血栓は
大きさを変えずしっかり血管にへばりついているとのこと。
心臓に近いところだけに
肺塞栓になってしまわないか、とても心配。
主治医に上大静脈へのフィルター装着など相談してみましたが
本当に心臓のすぐ近くにあるのでそれも無理とのこと。
薬で気長に溶かすしかないそうです。
心配の種はつきません。


1/10 
EDチューブは入ったままですが
胃液の持続吸引が中止になったので
機械に縛られることがなくなりました。
安静度も、「病棟内歩行可」になったので
点滴スタンドをお供に
リハビリをかねて病棟内を散歩。
スタッフステーションの前を通ると
ナースから「おぉ~」とどよめきが。。。
夫=寝たきりというイメージが強かったのでしょうか
皆さんから「よかったですね~」
と声をかけていただきました。
歩いただけで、喜んでいただけるなんて
夫にとっては歩き始めた赤ちゃんのころ依頼だと思います。
また、何より夫にとってありがたかったのは
自分でトイレに行けるということ。
人の手を借りずに排泄できるって
本当に幸せなことだと感じています。

それから今日は、シャワー&半身浴も実施。
久しぶりに夫の背中を流しました。 
厚かった胸板も薄くなり、引き締まった臀部も
まるで高齢者のようで
いまさらながら、闘病のすさまじさを感じます。
夫はほぼ二ヶ月ぶりの湯船に大満足。
夫が笑顔になると、私も嬉しいです。

1/10~13
手術に向けて、夫は積極的にリハビリ。
片道100メートルもあるフロアの
端から端を10往復したとちょっと得意げ。
飲水も500ccまで許可になり、カフェインレスのお茶を
いろいろと飲んでみます。
吐き気もなく、病院という環境がなければ
事故前の夫に戻ったような元気さです。

1/14 
外科の主治医から、手術に関する説明がありました。
うまくいけば2週間ほどで退院できるとのこと。
「うっそ~」と思いながらも、心うきうき。浮かれていました。
夫は、昼に処方された下剤でトイレ通いにげんなりした様子ですが
それでも退院の目処がついてきたので
うれしそうです。


1/15  
手術当日。
執刀は9時の予定なので、8時には塞栓予防の靴下をはきます。
これが、とてもはきにくい。
奮闘してやっとはくことができました。
以前は手術前にはプレメディ(前投薬)といって
かるい安定剤を注射し
夢うつつの状態で手術室に入るものでしたが 今はそれはなしとのこと。
夫はオペ着に着替え、歩いて手術室までおります。
「まってるからね」と軽く握手をして
手術室前でしばしのお別れ
  
手術中、夫は内科から外科へ転科となります。
外科の部屋が決まるまでは
私も居場所がありません。
デイルームにいても落ち着かないし
かといって外にできる気にもなれない。
結局、車の中で寝袋に包まって、しばし仮眠。
     
手術終了予定は13:30ですが
3:00をすぎても知らせが来る気配がありません。
結局時近くになって夫は戻ってきました。
医師の話では、思ったより癒着が酷く時間がかかったとのこと。
とりあえず手術が無事にすんで、ほっとしました。
夫はうつらうつらしているものの
意識ははっきりしています。
     
部屋に戻ると、夫は思ったよりよく話しをします。
痛み止めにフェンタニールが持続でいくので結構ハイです。
いろいろなバージョンの夫を楽しめて
ちょっと得した気分。

夜になり、吐き気がでてきました。
胃にチューブを入れているのに
1回/時間、口から嘔吐します。
のう胞から胃にでたものなのか
褐色のもろもろとしたものも混入。
術直後なので、夫も苦しそう。

朝、嘔吐とともにチューブが口から飛び出てきました。
結局、チューブが胃に入っていなかったのです。
チューブからは一滴も胃液が出ていなかったので
少し考えればわかることなのに
胃に入っていると思い込んでいるので
単純なことも「おかしい」と感じなくなっていました。
夫には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

それにしても第三者である看護師も「おかしい」と気づいてよ!
一晩夫は吐き気に苦しめれらたわけです。

チューブを入れなおしたら、でるわでるわ・・・。
黒褐色のどろどろとした液体もでてきます。
医師によるとのう胞から胃に出てきた内容物とのこと。
検査にだしたらなんとアミラーゼ値が17万もありました。
すっ すごい。

1/16  
術後1日目。夫の体には全部で7本のチューブが入っていますが
癒着などの合併症を防ぐため、歩きます。
点滴スタンドに様々なドレーンやバックをぶら下げて
病棟内を歩きました。
事前のリハビリがきいたのか
しっかりとした足取りで歩いています。
夕方から39度の発熱。

ただフェンタのせいか熱の割には本人そこそこ元気
「腹へったー」としきりに訴えます。

1/17~18

熱がさがりません。37・5~39度をいったりきたり。
夫の栄養は、抹消からの点滴のみなので
熱による体力の消耗が心配です。
先生がたは熱の原因を調べようと
ありとあらゆる検査をしてくださっていますが
これといって思い当たるものがでてきません。
胸水が少し溜まっているからと
ふたたび胸腔ドレーンが入れられました。
夫の体からでている管は、これで8本になりました。

1/19

昼前夫の部屋に入ると、様子が変わっていました。
モニターが運び込まれ、それまで自然落下だった輸液のすべてに
シリンジポンプがつけられています。
モニターをみると、脈が180。 
またもやaf(心房細動)です。
先生方が、モニターを見ながらワソランをはじめ
いろいろと薬を投入しますが、反応しません。
原因はいろいろと考えられますが
イン、アウトのバランスが崩れたのが
引き金になったとのこと。
     
夫は全身から汗が噴出し、とにかくつらそう。
私も以前の恐怖がよみがえってきて、全身が震えます。
「ここまできてなんで?」
「2週間で退院じゃなかったの?」
さまざまな思いにつぶされてしまいそうです。

夕方になり、やっと夫の脈が落ち着きました。
ただ、発熱は相変わらず。

 1/20~21

やはり熱がさがりません
わずが1000caLしかない輸液だけで
高熱が続いているのです。
もう夫は話す気力もないようで
ただベッドに横になっているだけ。
これでは肺炎やイレウスなど
ますます術後の合併症のリスクがあがるだけ
悪循環がたちきれません。
手術をすれば、よくなるんじゃなかったの?
今まで苦しい思いをしてきたのになぜ?
     
21日、経口摂取より前に
またEDチューブからの経管栄養をすることになりました。
チューブブの入れ替えがうまくいかず
ここでも夫は苦しい思いをさせられます。
いつになったらトンネルから抜け出せるのでしょうか。 
出口がみえません。
夫の苦しそうな表情に、私も疲れきってしまいました。

 1/22
   
CTの結果、のう胞内の貯留物に
感染の可能性があるかもということで
夕方、急遽胃カメラをすることになりました。
結果のうほう内の先端が中で癒着していて
胃のほうに上手く流れていない可能性があるとのこと。
造影剤は通るものの、カメラは通らない状況で
自然排出で様子をみるか、経皮的にドレナージするか
検討すると説明がありました。
連日の検査に夫は精魂疲れ果てた様子。
ぽつりと「まるでモルモットやな」と言い捨て
ベッド上で動こうとしません。
   
1/23~24
    
相変わらず発熱は持続。 
ただ酸素カニュラと皮下に入っていたドレーンが抜去されました。
飲水も200ccだけですが可になりました。
それでも体から出ている管は7本です。
時折、吐き気がおそいます。EDチューブが入っているので
嘔吐はしませんが、口からガスが多量に出ます。
動かないので、腸の動きも悪いようでお腹も張り気味。
すでに両肺に無気肺もできてしまています。
明るい材料がありません。

1/25
    
発熱37~38度が継続。
それでも夫は点滴スタンドに5個の袋
4つのシリンジポンプをつけて
日に何度か病棟内を歩きます。
動きはじめはサチレーションが80台までおち
肩で息をしながら、ゆっくりの歩行です。

ただ夜になって、フィブリン製剤とFOYが中止になりました。
FOYでしょっちゅう静脈炎を起こしていた夫には
ストレスの原因が一つ減ったことになります。
これで片腕が自由になりました。
血液検査ではマックス20まで上がっていたCRPが本日は5.7とのこと。
このまま下がり続けてくれるといいのですが・・・。

夫も私も疲れがピークにきています。
本当に疲れました。
つい夫にもネガティブな言葉を投げてしまい
後から落ち込んでいます。
でも、もう疲れました。

1/26
心臓の薬が、点滴から内服(といっても経鼻チューブから)に変わり
シリンジポンプの数がまた一つ減りました。
結果、点滴スタンドには栄養剤用のものを含めて3台を
残すところとなりました。
また発熱は、かろうじて38度を越えずにすごせました。
栄養剤(メイバランス)が30ml/時間に増えたことで
激しい空腹感からも開放されたようです。
さらには、腹腔のドレーンが一本抜かれ
傷の抜糸もされていました。
結果夫の体から出ている管は計5本になりました。
一時期からずれば、結構身軽になっています。

1/27 
本日、尿のバルンカテーテルも抜去
メイバランスが40ml/時間に増えました。
こにきて、回復の兆しが見えてきました。
く食事がはじまらないかな~
夫は2ヶ月半、水分以外は口からとっていません。
早くいろいろなものを食べさせてあげたい。
    
1/28
メイバランスが50ml/時間に増え
飲水も500mlまでOKに
また、飴玉ならなめてもよいと許可がでました。
喜んでいいことなのでしょうが
先のCTで認められた膵のう胞の状況がわからないので不安です。
CRPは4.5まで下がってはいますが
WBCは11000と高値で、37度台の熱も続いています。
何とか自然にのう胞→胃に
貯留物が出てくれるといいのですが・・・
以前胃管から出ていた褐色の貯留物は出なくなり
便も黄色のものが出ているということ
それはつまり、のう胞に貯留物が溜まったまんまだということではないかと
心配です。
飴玉なんかなめて胃液がのう胞に入り込んでしまわないか。。。
    
夜になり主治医から説明がありました。
「胸水が溜まってきたので、抜きましょう」と
結局、胸腔ドレーンが再開です。
医師の説明では、まだ仮性膵のう胞の周囲で
炎症が続いているとのこと。

さらには、以前調べていた便培養で
耐性菌がでてしまいました。
熱の原因はこの菌かもしれないとのことです。
明日のことはわからない
だから今日を精一杯生きよう」と
いろいろな本に書いてあります。
でも今はとてもそんな気持ちになれません。
いったい夫が何をしたというのでしょうか
本人の不摂生で病になったのなら納得もいきます。
なのに、病にならないためにうけた処置でこんな体にされて
事故をおこした、○○総合病院からは何の説明もない。
恨むことで、より自分が苦しくなるのはわかっていても
やりきれないこの気持ちをぶつけないではいられない。

事故にあう前の、強くて、何でもできて、元気で、やさしくて
暖かい笑顔で笑う夫を返して
今すぐ 返して。

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