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闘病記その3: 再手術までのながれ

1/30
    土曜日、子供らをつれて病室へ。
    やはり子供らがいると、夫もうれしそう。
    「勉強やってるか?」とたわいない会話が、一時であっても
    安らぎです。

2/1

   CRPは5・5と横這い。ただ白血球が8000台になりました。
   でも発熱は38度まで上昇。
   一つよいことがあってもまたがっかりさせられることも。
   腹部のドレーンが1本減り、現在チューブ類は4本に。
   少しずつ、良くなっているのでしょうか。
   ただ実感がわきません。

2/3

いきなりCRPが8.8まで上昇。
   発熱も夕方になると38度を越えました。
   心配で、この日は夜殆ど眠れず。
   節分の豆まきの時「熱下がれー」「炎症きえろー」と
   叫びました。

2/4

  本日Cチューブが抜去。いつもまにかサチレーションもはずされています。
  夫はまた脈が速くなりがちですし
  動作時にはかなり息が切れるので
  サチレーションのモニターだけはつけていて欲しかったのですが
  必要度の高い人が他にいるとのことで
  はずされてしまいました。 AFが心配。

  この日、胃の造影があり明日から食事が開始されることに♪
  私は嬉しいのですが、経腸栄養で空腹感がない夫は
  不安のほうが大きいようです。

2/5

  重湯から始まると思っていた食事ですが
  三分粥から開始に。
  「もったいないから」と全部食べたそうですが
  その後、気分が悪くなってきたとのこと
  少しずつから始めればいいのにね~

2/6

  午前中は発熱が36度台の日もでてきましたが
  夕方になると相変わらず38度まで熱があがります。
  経口摂取も思ったよりすすみません。
  2~3口食べただけで、「苦しい」と・・・
  待ちに待った食事のはずだったのに
  今の夫には食事=苦行です。
  こんなに辛そうな顔をして、食事をする人がいるでしょうか
  いったいいつになったら笑える日がくるのか・・・

 2/7

  今日は日曜日。
  お昼ごろいくと、なんとEDチューブが抜去されていました。
  管の入っていない夫の顔をみるのは実に3ヶ月ぶりです。
  経管と経口の併用で栄養を摂っていましたが、ものを飲み込む際
  喉の奥でチューブがこすれて出血するようになり
  チューブを抜くことになったそうです。
  「顔を洗いやすくなった」と頬のこけた顔で
  力なく夫が笑います。
 
  また福岡から夫の兄家族がわざわざお見舞いに来てくれました。
  病室では手狭なのでデイルームで面会しましたが
  夫は20分ほど座っただけで気分が悪くなり部屋でダウン。
  わずかな負荷でも夫にはまだまだ負担です。

 2/8

  また点滴の入れ替え。夫の血管はもろくなり
  すぐに漏れてしまいます。
  血液検査ではCRPが相変わらず8代と高値。
  白血球もじりじりと上がってきています。
  食事も相変わらずあまりとれず、本当にやせてしまいました。
  人相がかわってしまっています。
  心配で心配で心配でたまりません。

 
 2/9~15

  この間、食事は殆どとれないまま。途中からは臭い
  をかいだだけで吐き気を催す始末。
  2/12に、いったん5台に下がったCRPがいっきに10代に上昇
  白血球も16000に! 急遽CTがとられ経皮的ドレナージも
  視野に入れワーファリンが中止に。
  CTの結果に大きな変化はないとのことだが
  感染の可能性は大だ。

  私が考えても、下に下がってしまっている仮性膵のう胞の
  中身が上に上がって胃からでてくるとは思えない。
  医師に促され、右側臥位や腹臥位にするが
  吐き気が酷くなるだけで
  これといってよい兆しはない。
  相変わらず夕方になると38度を越える発熱。
  夫の形相はまるで末期がん患者のよう。
  栄養が、経口からまた経腸に代わった。
  夫はとりあえず、食事の苦しみからは開放された。
  生きてほしい。 生きて欲しい。
  今夫を失うわけにはいかない。

  私の中で、何かがふっつりと切れた。
  精神的にも肉体的にももう限界
  3月末に、長年勤務していた職場を去ることにした。
  介護休職という路がないわけでもないが
  企業内診療所に勤務しており看護師は私一人なので、
  長期間、不在にするわけにもいかない
  ありがたいことに、会社からは「パートでもいいから残って」と
  いってもらったが
  先の見通しが全くたたない。 
  疲れた。

 2/16

  食事を全く摂れない夫だが、オロナミンcと
  はちみつ入りの牛乳だけはなぜか飲める。
  牛乳は脂肪が気になるが
  必要カロリーを考えれば気にしてなどいられない。
  暖めた牛乳に、九州の母が送ってくれた
  自然の山でとれた純粋蜂蜜を入れる。
  山の力よ、どうか夫にパワーを与えてください。
  また今日から、ネットでしらべた
  漢方薬(柴胡桂枝湯加附子)を
  処方してもらう。
  わらにもすがる思いで、ネットの情報をプリントアウトして
  担当の先生に渡したら、わざわざ詳しい情報を調べてくださり
  同じものを処方していただけることになった。
  ありがたいことです。

  お昼、夫から携帯に電話がかかってきた。
  なんと明後日、のう胞の経皮的ドレナージをすることが
  決まったとのこと。
  内臓の穿孔などの偶発症が怖い
  良い結果が出ますように。
  夫はもう十分耐えてきました。
  最善の結果を出してください。
  祈る 祈るのみ。

 2/18

  相変わらず食事が摂れない。経腸栄養も1000Calどまり。 
  点滴も静脈炎を起こすからと、カロリーダウンの
  内容となった。
  この二日ほど夫の発熱が38度を越えることなくなった
  炎症が治まってきているのか、もはや発熱するだけの
  体力もないのかわからない。

  明日は、いよいよ経皮的ドレナージだ。
  良いターニングポイントになってほしい。
  なんとか口から、食べられるようになってほしい。
  わたしたち、もう十分苦しんで、十分耐えてきましたから
  そろそろ明るい出口を見せてください。

 2/19

  約2時間かかって、経皮的ドレナージを施術。幸い偶発症はなく
  上手くのう胞に管が入ってくれた。
  のう胞の内容物は、細菌培養に出しているが
  肉眼的な性状から、感染の可能性は大とのこと。
  細菌の種類が確定次第、抗生剤での洗浄を開始予定。

  痛み止めを使っているせいか
  熱発は36度台をキープ。

 2/20

  痛み止めをやめたら、やはり発熱。
  食事が口から入らないので、経腸栄養をやっと
  増やしてくれることになった。
  これで少し体力が回復してくれたら嬉しい。

2/21

  病院食はストップになったが、持ち込んだものは
  何を食べてもいいといわれたので
  夫のリクエストでカレー味のポタージュスープを
  こしらえてもっていく。
  「久しぶりのカレーの味だ」といって
  2回にわけて、茶碗1杯ほどを食べることができた。 
  夫のために料理ができるのは嬉しい。
  
  「噛む」ことが、食欲や栄養の吸収に繋がると
  医師からいわれ昆布を時折噛む。 
  ガムを買ってきたが
  夫はもともとガムがあまりすきではない。
  明日は、「するめ」をもってきてとリクエストがあった。
  
  それからこれはトップシークレットだが
  こっそり、杯に半分ほど 梅酒をのんでみた。
  アルコールは胃から吸収されるので
  なんとか胃が動いてくれるのではと思ったのだ。

  3ヶ月半ぶりのアルコール。
  「うわ~ 胃にしみていくのがわかる」と夫は嬉しそう。
  膵炎後の患者にアルコールなんて、前代未聞で
  医師にばれたら、即病院を追い出されてしまいそうだが
  とにかく、口から食べられなければ
  社会復帰が難しくなる。
  ここまできたら、なんでもやる。


 2/22

  仕事を終え、夫のもとの走ると
  散髪をして、すっきりとした顔をしていた。
  自力で院内の床屋までいってきたとのこと。
  「昼、おにぎり食べたよ」と一言

  たかがおにぎり1個だが、今の夫にとっては
  画期的なできごとだ。
  なにより「何か食べよう」と思えたことが嬉しい。

  体力が落ちているので
  散髪と、レントゲン検査で疲れてしまい
  6:30には、寝息を立てて眠ってしまった。
  お疲れさま。

 2/23

  今日は、昨日と比べ食欲がない。
  夕方もっていった食事も、ほとんど手をつけられなかった。
  熱も37・7度まで上昇。
  ただ、CRPは8から5に下がった。
  でもWBCは8000から9000に上昇。
  ドレーンからは、アーモンドペーストのような
  濃がでてきている。
  先の見えない状況に、夫も相当疲れている。
  ネガティブな言葉しかでてこない。
  元気になってほしい。元気になってほしい。元気になってほしい。

  夫の体をぼろぼろにした○○総合病院から
  医療費の請求がきた。
  殺されかけた相手に、金をはらえというのか
  怒りで体が震える。


 2/25

  今日から、リハビリが始まったとのこと。
  術前より、関節の硬縮が進み
  筋力も低下しているとのこと(わかってましたけど)
  事故前は60近くあった夫の握力は、現在25。
  歩く際に、腰も少し曲がっている。 
  今日はストレッチをメインにやっていただいたが
  明日からは2回/日 筋トレも始めててくれるとのこと。
  ありがたいことです。

  今日の夕飯には、ミニサイズのカレーヌードルをご所望
  これは殆ど食べることができた。
  ものすごく体に悪そうだが、「それなら食べれそうな気がする」
  と夫からリクエストがあったのだ。
  デイルームでお湯を入れる際、ナースに見つからないか
  ひやひやした。
  この際、何でもいい。食べてくれるようになれば。


 2/28

  この日は、約2週間ぶりの外出。
  経腸栄養のセット、点滴スタンドを持参して帰宅。
  夫は帰ってくるなり、台所の包丁を研ぎ始めた
  「最近、包丁が切れにくい」と私がぼやいていたのを
  覚えてくれていた。
  庭にも出て、伸び始めた空豆をひもで固定する。
  たったそれだけの作業だが、疲れた様子。

  お昼は、カレーうどんを半分ほど食べられた。
  
  寅さんのDVDを布団の中でみて
  夕飯も皆で食べて
  4ヶ月前は、当たり前だった家族で囲む食卓
  もっと感慨深いのかと思ったが
  不思議と自然に感じた。
  だからこそ家族なのだと思う。

 
 3/1
  夕方、病院にいくと
  夫がいきなり大部屋に移っていた
  「大部屋」は暗い。
  皆カーテンを閉めまわし、ひっそりとしている。
  隣に気配は感じるが、どんな人がいるかもわからない。

  以前は「大部屋」というのはにぎやかだった
  互いの病を慰めあい、少しでも動ける者が動けないひとの
  サポートをしたものだ。
  カーテンの隙間から、挨拶をしたが
  テレビのイヤホンで聞えないの反応はなかった。

 3/3

  前のベッドのいる青年に声をかけた。
  声をかければいろいろと話してくれる。
  本当は、皆声をかけてほしいのだ。
  
 3/4

  夕食はあまりすすまなかった。
  また食後、左側腹部に強い痛みがでた。
  医師にみてもらう。
  結果、腸が動きすぎたための痛みだろうとのこと。
  夫の腸は、炎症のせいであちこちに癒着している。
  医師の表現を使えば「がちがちに固まっている」
  だがら腸が動くと、引っ張られていたいのだそうだ。

  「おれの健康はいったいどこにいったんだ」
 
  夫は、苦痛に顔をゆがめながら
  むなしく吐きすてる。
  「○○病院がにくい」 はっきりそういった。

  人一倍、元気で 頑強で、良く食べよく飲んでいた夫が
  今は見る影もない。

  夫の辛さを思うと、苦しい。

 3/6、7

  抗生剤の点滴が一旦中止になったので
  入院後初めての外泊を試みた。
  子供らは、前日からそわそわ
  嬉しくて仕方ない様子。

  ただ帰宅後あたりから、熱が上昇
  久しぶりに38度を越えてしまった。
  結局7日、早々に病院に戻る。

  のう胞から殆どドレナージされていなかったのが
  熱の原因らしい。
  「チューブの先が、のう胞壁にくっついていたのでしょう」と
  医師からの説明。
  生食で洗浄してもらってから、やや熱は下降傾向となった。

 
 3/9

  今朝から、250ccの生食で、のう胞内を洗浄
 (私が医師にお願いした。)
  そのせいか、夕方になっても熱は36・8度止まりだった。
  夕食にカレースープをもっていった。
  小さめのスープざらに、1杯ほど食べれたが
  その後かなりしんどくなった。
  
  人が一番手っ取り早く幸せになれるのは
  美味しいものをたべること。
  それが今の夫にはできない。
  「食べたい」という気持ちがおこらないのだ。
  「生きる」気力も萎えてきているのか
  「こんなことなら、あの時死んでいたほうがよかった」とつぶやく。
  一番ききたくなかった夫の言葉

  「あの時助かってよかった」 そう思える人生にしてほしい。
  きっとしとみせる。

  3/6の発熱が影響してか
  今日のCRPは10を越えていた。
  これくらいのことでは、もう驚かない。

 3/10

  今日、またのう胞ドレナージのカテーテルが太くなった。
  さすがに挿入部が痛いらしく、坐薬を入れてもらったとのこと。

  食欲は相変わらずない。
  別に胃を切ったわけでもないのに
  胃が膨らまないのだ。
  機能性胃腸障害ということか
  入院生活も5ヶ月目に入ろうとしている。 
  ストレスはピークを更新しているだろうから、
  それも胃に影響しているのだろう

  夫の笑顔をみたい。
  「生きててよかった」といってほしい。
  出口はどこ?

  
 3/11

  昨夜、医師がきて本日CT検査をして
  再手術するか検討するとのこと。
  手術はいやだ。
  大腸とのう胞が繋がってしまっているので
  先々便がのう胞に逆流するかもしれないというのが医師の説明
  
  しかし、それはわからないと思う。
  逆だってありで、のう胞の中身が大腸に上手く出てくれることだって
  あるずだ。

  夫は既に体力を消耗して、全身の機能が落ちている。
  手術をして、のう胞がよくなっても
  生活が死んでしまう。

  手術さえすれば、後は元気になるだけといわれて
  1月に手術をした。結果がこれだ。
  感染しないようにと息を殺すようにじっと耐えていたのに
  手術したことであっけなくのう胞に感染した。
  のう胞が活性化して、大腸に楼孔までつくってしまった。
  だから手術はいやだ。

  手術はしない 手術はしない 手術はしない
  手術はしない 手術はしない 手術はしない

 3/12

  今日は双子の息子の中学卒業式
  子供らの入学、卒業式には必ず出席していた夫が
  今日は隣にいない。
  
 3/13,14

  外泊の許可をもらい、1週間ぶりの自宅だ。
  夫は経管栄養とのう胞の洗浄が必要だが、医師にお願いして
  必要物品を持ち帰り、すべて私が自宅で行う。
  こんなとき「看護師でよかった」と思う。
  のう胞の洗浄は、1時間ほどかけて体位をかえながらやった。
  病院では、スタッフが皆忙しく
  そこまでやってはもらえないのだ。
  管から排濃が確認されると、嬉しくなってしまう。

  例のごとく、家族で寅さんをみる。
  一瞬、病を忘れる時間。
  寅さんありがとう。

  季節は初春。例年なら家族で土筆をとりにいく頃だ。
  「もう土筆がでていたね」と私が話すと
  次男が、「僕、とってくる」と一人で家をでた。
  2時間ほどして、袋いっぱいほどの土筆。
  さっそくいつものように料理した。
  
  「僕が土筆とっていたら、知らないおばちゃんに
   声かけられちゃった」と笑いながら話す。
  この時代、一人で土筆とりなんかしている中学生なんて
  まずいない。
  父親に、なんとか春の味を楽しんもらたいという
  15歳のやさしさだ。

  皆が笑う中、夫は「春の味だな」といいながら
  顔は泣き笑いのぐしゃぐしゃの顔で、土筆の卵とじを口に運んだ。
  
  沈丁花の香り、日々膨らんでいく桜のつぼみ
  いぬふぐりや柳の新芽
  例年なら、春の訪れになんとなく心ときめく季節だ。
  献立や、庭に咲く花やハーブで季節を感じてもらおうと
  いつもうきうきしながら家族囲む食卓を準備していた。
  それが今年は「春」が辛かった。
  「もう春になってしまったのに、夫は未だ病の床」
  そう思うと、春の到来をうらめしくさえ感じた。

  そんな中、息子の「土筆」は
  春が我が家にもたらしてくれた幸せだった。

  来年は、また家族みんなで土筆とりにいこうね。

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