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闘病記その4:再手術まで

3/15

  夜、医師から現状について説明があった。
  のう胞と大腸のろう孔に、便が入り込んでいる状態
  なるべく早い時期に手術をした方がよいとのこと。
  手術というのは人工肛門を作るということだ。
  
  重症急性膵炎にさせられ、息を殺すようにのう胞の感染をしのいだ。
  胃と吻合して、のう胞の内容をドレナージできれば
  2週間で退院といわれたのに
  その手術で、あっさりのう胞は感染した。
  さっさと経皮的にドレナージすればよかったのに
  ぐずぐすしている間に、大腸とろう孔をつくり
  今度は人工肛門だそうだ。

  いい加減にしてほしい。夫はただの胆石だった。
  それがなんで人工肛門までつくらなければならないのだ。
  ○○総合病院が、ただただ憎い。
  あの日、○○病院にいかなければ 
  いつもと同じ、家族で食卓を囲み
  たわいないおしゃべりをし
  山菜摘や潮干狩りの計画で、きっとワクワクしていた
  週末はどこにいこうか、何を食べる?
  そんな普通の幸せがつづいていた。

  夫は、元気になれるのだろうか?
  のう胞はなくなってくれるのだろうか
  人工肛門をつくったところで
  ろう孔がふさがるわけではない。
  一生ストマケアをさせられるのだろうか
  
  やさしくて、強くて、暖かくて
  誰からも慕われている夫に、なぜこのような辛い
  過酷な仕打ちをされるのか
  3月17日
  手術が3月24日に決まった。ワーファリンが中止になり、
  へパリンの持続点滴となる。

3月23日
  手術を明日に控え、経管栄養も中止になる。

3月24日
  手術当日。手術は予定どおり2時間程度で終了。
  お臍の横に15センチほどの傷と、りっぱなストマが右脇腹にできてきた。

  麻酔がさめて、痛みと吐き気がでてきた。
  鼻から入れられているチューブから、
  抹茶を溶かしたような胃液が出てくる。
  この日は、私も仕事を休んで夫につきそい
  病院にとまりこんだ。

3月25日
  私の仕事最終日。長年務めた職場だが、今は夫のことでめいっぱいで
  感傷にひたっている余裕もない。
  終日、あいさつ廻りをした後
  夫のもとに走る。
  
  吐き気がおさまらない。
  レントゲンの結果、腸の動きが悪く
  イレウス状態とのこと。
  やっぱり手術なんかしなければよかったのか

 3月26日

  術後、初めてのストマの交換。
  交換室に移って、専門のナースから指導を受けるが
  途中、冷や汗が吹き出し嘔吐。
  夫。つらそう。

 3月27~4月初旬

  吐き気は次第におさまり、飲水が許可になり、食事も3分がゆか開始
  ストマ造設で、便がのう胞に入り込まなくなったため
  血液の炎症反応が1代になった。
  なにより、あれだけ続いていた熱が出なくなった。

 4月中旬

  食欲が少しずつ出てきた。
  以前はにおいだけで吐き気をもよおしていたが
  「すし、食べてみたい」なんていええるようになってきた。

  とにかく栄養をつけたいと夫の希望で
  毎日、半熟たまごと玄米を30分煎じてこしらる
  「玄米スープ」をもっていく。
  夫がおいしそうに食事をしている!
  うれしい うれしい

 

 
  


   
  

  
  

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